教えることで自分の足らなさを知る

仏教の教えの中に、「修行(勉強)とは、指導者(教師)も学ぶ側(生徒)も共に修行しながら成長していくものである」という考えがあります。

その意味は、「頂上を目指す山登りにたとえれば、後進の手を取って引っ張り上げ、お尻を押し上げて自分より先に進ませる。

そんな気持ちで指導しなさい。自分(教える側)がまだまだ未熟だとしても、教えることにより自分の足らなさを知り、自分も学ぶことになることが多くある、必ず自分の成長に繋がります。判然としない部分があってもごまかさず、しかるべき人に教えを乞うなどして正確に伝える姿勢を守りなさい。それがあなたの信用になります」という基本的な教えです。

参考:『東京IT新聞 「IT坊主の無駄方便」』

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