説話:ブッダの育児論(子供は大学)

生まれてすぐの子供は何でも親に要求します。しかし初めての子の場合には、親に経験がありません。何一つわかりません。子にとっては、父親も母親も未経験の先生です。

たとえば学校の先生というのは、「教える」ことの訓練を特別に受けています。親は何も訓練を受けていません。それなのにものすごく大事な仕事である生命を人間として育てる仕事をします。子育ての経験もないし、訓練も受けていない状態でいきなり始めるのです。上手くできない事、わからないことは勉強して覚えます。課題は子供が与えてくれます。手探りで研究・勉強する事が多くあります。周りの経験者(親・兄弟・仲間・・・)から教わる事も沢山出てきます。成果は子供から教わります。よく使われる言葉に、「子供は大学」というのがあります。いろいろな科目があって、それぞれまた、えらく専門的な学部なのです。学校ではいろいろなことを教えるのですが専門的ではありません。従って、子供は学校というより専門学部がある総合大学と例えられます。予想もつかない研究課題を出してくるのだと理解することです。例えば、いろいろな方法を試してみると、子供がなぜ泣いているかという答えが見つかります。いろいろな成果が見つかります。総合大学ですからきっと、いいアイデアや智慧が得られます。こういった成果の繰り返しが蓄積される事により親も少しずつ自信の持てる先生に成長していきます。子もどんどん成長し、やがて親と同じ研究を行うことにもなります。こういったことが大きくサイクリック(過去、現在、未来のサイクル)に回っている中の現在という時代に私たちは生きているのです。

Reference:「アルボムッレ・スマナサーラ(スリランカ出身の僧侶)講義資料(ブッダの育児論)より抜粋し編集」

eお坊さんねっと 説話集より

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