説話:百日の説法、屁一つ

これは、弥次(やじ)さん喜多(きた)さんが登場する「東海道中膝栗毛(とうかいどうちゅうひざくりげ)」(十返舎一九 作)の中で、弥次さんが喜多さんに言う科白(せりふ)で有名です。

僧侶が、厳かに説いた説法が、ひょいと漏らしたおなら一つで、それまでありがたく聞いていた人からの評価も失せ、途端にはかなく、むなしく、消え失せてしまうようになることを言ったものです。

長い間積み上げてきた精進も、成果も、わずかなミスで無駄になってしまう状態です。

冗談のつもりやリップサービスのつもりで言ったりしたことがとんでもないことにもなり得ます。よくよくのご注意を。

eお坊さんねっと 説話集より

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