説話(相手の心を掴む)

「道徳的な教えは何故耳に入らないのか」、まず言えるのは、説得力がない、ということでしょう。だらだらと説教するだけであって、聞く人が納得できるような説明になっていないことが多くあります。次は大体の場合、説教というのは「いけません」の羅列であって、論理的に整理されていない、ということです。

一般的に、論理的な話や具体的な話であれば耳を傾けるでしょう。道徳の場合も同じだと思います。「嘘をついてはいけません」「人のものを盗ってはいけません」「麻薬などを使ってはいけません」「法律を犯してはいけません」のようなごくあたりまえに感じられる道徳を、論理的、具体的にして話すことができるかどうかです。多くの人は、ただ世の中の常識を横流し的に口にしているからでしょう。ですから聞く相手が真面目に聞かないにしても、それは決して不自然なことではありません。道徳に「なぜ」という疑問が欠けていたら、説得性も何もないのです。たとえば、なぜ嘘をついてはいけないのか、いろいろな答えが考えられます。「そのように決まっているから。良くないことだから。人は誰でも正しいと思っていることだから。悪行為だから。不幸になるから。えんま様に舌を抜かれるから。地獄に落ちるから。」このような答えであれば数限りなく出てきます。しかしどれも、嘘をついてはいけないという『道徳項目』についての説明(解説)をしていません。説明できないことは、真面目に守る気持ちにはなれないのが普通でしょう。相手が期待する内容(コンテンツ)が心を掴みます。

eお坊さんねっと 説話集

参考:「パティパダー巻頭法話」(http://j-theravada.net/howa/index.htmlA・スマナサーラ長老より抜粋・編集

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