説話「悲 観(ひかん)」

試験の点数が悪くて悲観したとか、性格が悲観的だとか、悲観という言葉は、楽観の反対語として通常使われる言葉です。辞書を見ても良くない結果ばかりことばかりで、期待通りにならず失望することとか、望みを失って悲しむこととか、世の中や人生を悪いものだとして否定的に見ること、などとそれこそ悲観的な解釈が列挙されています。
ところが観音経(経典のひとつ)に、「真観清浄観 広大智慧観 悲観及慈観」という五つの観が並ぶ一節があります。これは観音さまが私たちを「正しく真実を見、執着せず清らかな眼で見、広く大きな智慧で見、悲しみ苦しみを見、そして慈しみの眼で見て」下さるという意味合いです。
五つの観のうち四番目の観が「悲観」で、悲には、悲しむ、あわれむ、苦しみを抜くという意味があります。
観音さまは、悲しんでいる者を見れば、まるで母親が嘆き悲しんでいる我が子を見て、即座に強く抱きしめ一緒に悲しんでくれるように、「わかりました。もう大丈夫だよ。安心しなさいよ」といって癒して下さるのです。
悲観している人に対して、観音さまのように広い心で、ともに悲しみ、苦しみから救う慈しみの心のある人でありたいものです。

eお坊さんねっと 説話集より

参考:「天台宗」法話集より抜粋・編集

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