説話(間抜け)

辞典によると、「間抜け」とは「間の抜けたこと。物事の大事な点が欠けていること。またその人」で、「間」は「何かの間にはさまれた空間や時間。事をうまく運ぶ上での大切なころあい」となっています。
人のことを人間といいます。これも調べると「もともと人と人の間柄の意で、他の人と共になんらかの拘わりを持ちながら社会を構成し、何ほどかの寄与をすることが期待されるものとしての人」などとなっています。
私達は、実に多くのご先祖や人々との拘わりあいの中で維持され、未来へと引き継がれていきます。
その過程において重要な事は、個人個人が他の人やあらゆる命との拘わりあいを広く、深く、慈しみも持ちながら、その関係を正しく理解し、意志や感情の疎通をはかることであり、それは必要不可欠な事です。
それが「間」であり、コミュニケーションです。人はひとりでは生きられません。この至極あたりまえのことすら忘れてしまいがちです。そうなることを防ぐためには、周りとの関係を再認識しなければなりません。

それが振り返りであり、安心を得るための前進(精進)への起点となります。

そうでなければ、「間」が抜けてしまい、自分勝手な「人」となってしまうのです。

せっかく人間として生を受けたのですから、少しでも自分の人格を磨き、人のために尽くことの出来る『人間』でありたいものです。 

eお坊さんねっと 説話集より

参考:「天台宗」法話集より抜粋・編集

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