説話(無財の八施)

「布施」という言葉はご存知のように、施し(ほどこし)をすることです。仏教では布施は大切な仏道修行とされています。布施は心を込めて捧げることです。しかし無いものは捧げることが出来ませんが財が無くても出来る施し、これを仏教では「無財の七施」と云い仏道修行の基本とされています。

この七施とは、「眼施(げんせ):優しいまなざし」、「和顔施(わげんせ):穏やかな顔」、「言辞施(ごんじせ):優しい言葉」、「身施(しんせ):身体を使っての手伝い」、「心施(しんせ):「思いやりの心」、「床座施(しょうざせ):座席を譲る」、「房舎施(ぼうしゃせ):休息する部屋を与える」で、元来から言われている七つです。
ところが最近、無財の八施という表現があり、プラス1の布施が生まれたようです。それは何かというと「耳施(にせ)」です。他人の言葉に耳を傾ける(傾聴)ことです。自分の思いで心が一杯になっていたり、心が凝り固まっていたりすると人の言葉に耳を傾けたり共感したりすることができません。心に空間(余裕)があればこそ人の言葉や思いを受け入れることができるのです。心が波立っていたり荒れ狂っていたりする時、人の言葉を受け止めることはできません。自分の心が穏やかな時にこそ他の人の思いを自分の心の鏡に写し出すことができるのです。

IT坊主の無駄方便」/eお坊さんねっと 説話集より

参考:「天台宗」法話集より抜粋・編集

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