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2018年9月

2018年9月30日 (日)

日本語あれこれ「人間が言葉を話す意味」

“人間は感情の動物である”と云いますが、犬や猫その他動物にも感情はあると思いますので人間は感情の動物であると同時に「言葉を話す動物」と言えます。エンゲルス(ドイツの社会・政治思想化)は、「文明は人間の労働と言語の産物である」と言っています。

言葉は、意思を伝えることもコミュニケーションをとる大切なツールです。多々ある動物のなかで言葉で話すという作業が出来るのは人間だけが行うものです。だからこそ先人の教えを受け継ぎ後世に伝え、発展させ今日まで引き継がれていて以降も同じように引き継がれていくのです。

「話し方の知恵」薯:酒井広(日東書院)を参考&編集

IT坊主のひとりごと「IT坊主の無駄方便」集より

2018年9月29日 (土)

日本語あれこれ(歳月、人を待たず)

“さいげつ、ひとをまたず”です。

時間は人の都合とは関係なしに刻々と過ぎていくものであり、人を待ってくれることなどなく留まることがないものである。ということわざです。

これを拡大勝手解釈すると、「人には生まれた瞬間から命という時間を与えられます。この時間は有限で誰にも分からない時間であり且つ、二度と戻らない時間です。与えられた大切な時間を無駄にしないで有効に使いなさい。」という戒めの言葉とも捉えられます。又、次のような表現もあります。

“一日に朝は二度とない”今を大切に、未来(将来)に向かって一瞬一瞬を大切にです。

IT坊主のひとりごと「IT坊主の無駄方便」集より

2018年9月28日 (金)

日本語あれこれ(細工は流々、仕上げを御覧じろ)

“さいくはりゅうりゅう、しあげをごろうじろ”です。

「細工は、手先を巧みに使ってこまかな物を作ることや物事がうまく運ぶように細かいところに手を入れて、いろいろと準備・工夫すること」を意味し、「流々はそれぞれの流儀や流派のこと」を意味します。

仕事のやり方には色々あるのだから、途中でとやかく言わないで出来あがりや結果を見てから批評して欲しいということです。

世の中にはついつい、途中で口を出したくなる御仁も多々おいでかと思いますが、じっくり見守る大切さを表現したことわざです。

IT坊主のひとりごと「IT坊主の無駄方便」集より

2018年9月27日 (木)

日本語あれこれ「塞翁(さいおう)が馬」

「世の中、誰にも予測がつかないことが起きる。従って一時の状態で、やたらに喜んだり悲しんだりしてもはじまらない。」という意味合いです。

これは、「塞翁」(昔中国に住んでいた人)が飼っていた馬が逃げてしまいがっかりしていたが、まもなく、その逃げた馬が一頭の馬を連れて帰ってきたので村の人々は祝福したのです。ところが、「塞翁」の息子がその馬に乗って落ち、怪我をしてしまったのです。だが息子は怪我をして身体が不自由になったため兵役を免れて戦場に行かずに済んだという故事由来のことわざです。人生、思いがけないことが起きるものです。

IT坊主のひとりごと「IT坊主の無駄方便」集より

2018年9月26日 (水)

日本語あれこれ(明日ありと、思う心の仇桜)

「あすありと おもうこころの あだざくら」

明日はどうなるかわからないという、世の中や人生の無常を説いたことばです。

世の変化を桜の花に例えて表現したもので、「今日、桜の花が咲いているからといっても明日もまた咲いている保証はないですよ。夜の間の風や嵐で花が散ってしまうこともあるので明日も同じような花を見たいのであれば、風対策は怠りなく行いなさい。」明日をあてにして今日を疎かにしていると何時どのようなことが起こってチャンス(好機)を逸するか分からないという戒めのことばです。

IT坊主のひとりごと「IT坊主の無駄方便」集より

2018年9月25日 (火)

日本語あれこれ「いつまでもあると思うな親と金」

言葉通りの解りやすいことわざで、「働きもせず、いつまでも親と同居して、親のすねをかじってダラダラしている人のことを指しています。」親は何時の日かはこの世を去ります。親が子より早く亡くなるというのは自然の道理です。いつまでも親頼りをしていて親がいなくなった後に気づいてももう遅い。ましてや親のお金をあてにして生活していたのでは・・。毎月、親からたくさんのお小遣いをらった挙句、そのお金で覚せい剤を買って逮捕されたという報道がありました。それも既婚者。この場合は、親も親です。

それとこのことわざには、今現在収入があっても、いつまでも続くとは限りませんよ。先を考えて大切に使いなさいよ!とも言っています。「人に頼る心は早い時期に捨てて、自立心を養い、倹約に心がけないと先々必ず困ることがきますよ。」という戒めのことわざなのです

IT坊主のひとりごと「IT坊主の無駄方便」集より

2018年9月24日 (月)

情報セキュリティ「ウイルスの感染経路:マクロプログラムによる感染」

マイクロソフト社のOfficeアプリケーション(WordExcelPowerPointAccessなど)には、特定の操作手順をプログラムとして登録できるマクロという機能があります。このマクロ機能を利用して感染するタイプのウイルスが知られており、マクロウイルスと呼ばれています。Officeアプリケーションでは、マクロを作成する際に、高度なプログラム開発言語であるVBAVisual Basic for Applications)を使用できるため、ファイルの書き換えや削除など、コンピュータを自在に操ることが可能です。そのため、マクロウイルスに感染した文書ファイルを開いただけで、VBAで記述されたウイルスが実行されて、自己増殖などの活動が開始されることになります。

出典: 総務省『国民のための情報セキュリティサイト』

http://www.soumu.go.jp/main_sosiki/joho_tsusin/security/basic/risk/02-1.html)をもとに編集

マキコーポレーション「公認情報セキュリティマネージャー(CISM)」システムノーティスより

2018年9月23日 (日)

情報セキュリティ「ウイルスの感染経路:ファイル共有による感染」

ウイルスによっては、感染したコンピュータに接続されているファイル共有ディスクを見つけ出し、特定のファイル形式など、何らかの条件で探し出したファイルに感染していくタイプのものがあります。

このようなウイルスは組織内のネットワークを通じて、他のコンピュータやサーバにも侵入して感染を拡げる可能性があります。とても危険度が高く、完全に駆除することが難しいのが特徴です。

出典: 総務省『国民のための情報セキュリティサイト』

http://www.soumu.go.jp/main_sosiki/joho_tsusin/security/basic/risk/02-1.html)をもとに編集

マキコーポレーション「公認情報セキュリティマネージャー(CISM)」システムノーティスより

2018年9月22日 (土)

情報セキュリティ「ウイルスの感染経路:電子メールによる感染」

添付ファイルが付いていなくても、HTML形式で書かれているメールでウイルスに感染することがあります。HTMLメールはホームページと同様に、メッセージの中にスクリプトと呼ばれるプログラムを挿入することが可能なため、スクリプトの形でウイルスを侵入させておくことができるのです。電子メールソフトによっては、HTMLメールのスクリプトを自動的に実行する設定になっているものがあり、その場合には電子メールをプレビューしただけでウイルスに感染してしまいます。

出典: 総務省『国民のための情報セキュリティサイト』

http://www.soumu.go.jp/main_sosiki/joho_tsusin/security/basic/risk/02-1.html)をもとに編集

マキコーポレーション「公認情報セキュリティマネージャー(CISM)」システムノーティスより

2018年9月21日 (金)

情報セキュリティ「ウイルスの感染経路:ファイル共有ソフトによる感染」

ファイル共有ソフトとは、インターネットを利用して他人とファイルをやり取りするソフトウェアのことです。自分が持っているファイルの情報と、相手が持っているファイルの情報を交換し、お互いに欲しいファイルを送りあったりすることから、ファイル交換ソフトとも呼ばれています。

ファイル共有ソフトでは、不特定多数の利用者が自由にファイルを公開することができるため、別のファイルに偽装するなどの方法で、いつの間にかウイルスを実行させられてしまうことがありますのでご注意を!

出典: 総務省『国民のための情報セキュリティサイト』

http://www.soumu.go.jp/main_sosiki/joho_tsusin/security/basic/risk/02-1.html)をもとに編集

マキコーポレーション「公認情報セキュリティマネージャー(CISM)」システムノーティスより

2018年9月20日 (木)

情報セキュリティ「ウイルスの感染経路:USBメモリからの感染」

多くのコンピュータでは、USBメモリをコンピュータに差し込んだだけで自動的にプログラムが実行される仕組みが用意されています。この仕組みを悪用して感染させるウイルスがあります。このようなウイルスの中には、感染したコンピュータに後から差し込まれた別のUSBメモリに感染するなどの方法で、被害を拡大させるものもあります。外部媒体を接続する場合にはウイルスチェックを行いましょう。

出典: 総務省『国民のための情報セキュリティサイト』

http://www.soumu.go.jp/main_sosiki/joho_tsusin/security/basic/risk/02-1.html)をもとに編集

マキコーポレーション「公認情報セキュリティマネージャー(CISM)」システムノーティスより

2018年9月19日 (水)

情報セキュリティ「ウイルスの感染経路:電子メールの添付ファイル」

電子メールの添付ファイルはウイルスの感染経路の一つです。添付されてきたファイルをよく確認せずに開くと、それが悪意のあるプログラムであった場合はウイルスに感染してしまいます。かつては、電子メールで実行形式のファイル(ファイルの拡張子が.exe のファイル)が送られてきたときには特に注意するように言われていましたが、最近はファイル名を巧妙に偽装し、文書形式のファイルに見せかけて悪意のあるプログラムを実行させ、ウイルスに感染させる事例もあります。また、文書形式のファイルであっても、文書を閲覧するソフトウェアの脆弱性を狙った攻撃も増加していることから、メールに添付されてきたファイルを安易に開くのは危険な行為です。

出典: 総務省『国民のための情報セキュリティサイト』

http://www.soumu.go.jp/main_sosiki/joho_tsusin/security/basic/risk/02-1.html)をもとに編集

マキコーポレーション「公認情報セキュリティマネージャー(CISM)」システムノーティスより

2018年9月18日 (火)

説話「自分を大切にすることとは」

古代インドのコーサラ国王のパセナーデ王は、妃に「世の中で何を最も愛しいと思っているか」と聞きました。すると妃のマリカはためらいもなく「私がこの世で最も愛しいと思っているのは、自分です」と正直に答えたのです。それを聞いて夫のパセナーデ王は、少しガッカリした様子でしたが、「マリカよ、その通りかもしれない。実は私も、自分自身が一番愛しい」と答えました。
その後二人は釈尊のもとに行き「お釈迦さま、あなたは私たちにいつも、自我を捨てよ、とお説きになりますが、私たちはそれぞれ自分が愛しいので、どうしても自我を捨てることができません」。すると釈尊は二人に向かって「あなたたちの悩みは尤もなことである。自分を一番愛しいと思うことは、人間にとって当たり前のことなのだよ。ただし、それに気がついたら、他人の自我も自分同様に大切にしなければならないのだ。すなわち他人の心を傷つけたり、又他人を殺したりしてはならないのだ」と諭されたのでした。

「こころと命の相談室」快栄寺(eお坊さんねっと)説話集より

参考:「天台宗」法話集より抜粋・編集

2018年9月17日 (月)

説話「追善供養(ついぜんくよう)」

追善供養~読んで字の如しなのですが以外と難しく思われている方がおいでです。『辞典』によれば、

「追善」=功徳を積んで亡き人の霊を弔うこと。使者の冥福を祈ること。

「供養」=奉仕すること・供えさしむけること。身・口・意によって物を供えめぐらすこと。

と解説されています。即ち追善とは、生きている人が行う善行が、亡くなられた人の善行になり、それがまた自分に戻ってくるという意味があり、日々の行い(善行)やお彼岸・お盆・お施餓鬼・年回忌法要など、故人に対する供養がそれにあたるという意味合いです。
しかしながら、ご自分の祖先が供養されているお寺やお墓のお参りや掃除は行わず、観光目的での寺院巡りや参拝のみではいささか?これで追善供養かと云われると??
IT坊主の無駄方便」/eお坊さんねっと 説話集より

参考:「天台宗」法話集より抜粋・編集

2018年9月16日 (日)

説話「南 無(なむ)」

仏様に手を合わせる時、その仏様が阿弥陀(あみだ)仏だとしたら、「南無阿弥陀仏(なむあみだぶつ)」と唱えます。では、南無(なむ)とはどういう意味なのでしょうか。
インドには人びとが合掌して、「ナマス・テー」と挨拶する所作があります。これは「あなたに敬礼します」という親愛と尊敬を込めたことばで、出会った時も別れる時も「ナマス・テー」です。このナマスが「南無(なむ)」です。南無とは信じることですから、「南無仏(なむぶつ)」と唱えたならば、「仏様を信じます」と表明したことになるのです。本尊が観音様なら、「南無観世音菩薩(なむかんぜおんぼさつ)」となる訳です。
ご存知の、マンガ「一休さん」などで、「たすけて」というところを「南無三(なむさん)」という場合があります。これは、南無三宝(なむさんぼう)のことで、三宝とは、仏・法(仏の教え)・僧(寺)の三つの心のよりどころという意味ですから、対処に困ってすがる思いでつぶやいたのかも?
「こころと命の相談室」快栄寺(eお坊さんねっと)説話集より

参考:「天台宗」法話集より抜粋・編集

2018年9月15日 (土)

説話(意表)

想定外なことが起きた時に「意表をつかれた」という表現をします。

仏教には「業」(ごう)という考えがあり行為を意味します。人の行為には、身体の行為と口の行為(話すこと)及び意の行為(心の働き)の三つがあり、これを「身口意(しんくい)の三業」といい「業」とは“はたらき”、“行為”を指して言います。見える「行為」又は「はたらき」のことを「表業(ひょうごう):身と口が該当します」といいます。しかし「意」は、身と口で表されるもので表業はありません。つまり目には見えない「心のはたらき」だからです。

「意表をつかれる」という表現。これは「思っているところに衝撃があたえられる」つまり“想定外”ということで、「意外」なことという意味合いになります。

IT坊主の無駄方便」/eお坊さんねっと 説話集より

参考「仏教から生まれた日常の言葉」(耕雲寺:http://www.kouunji.or.jp/lecture/word10.htmlより引用&編集

2018年9月14日 (金)

説話(諦める)

一般的には、どうにかしようという気持ちを捨てさせることで、消極的なマイナスイメージをもっていることばです。
このことばは仏教に起源をもっていて、最高のプラスイメージをもったことばです。「諦」は、「真実」を意味するサンスクリット語(インド古語)からきた漢訳語で、「諦める」には「真実を知る」「悟る」という意味合いがあります。
真実を悟れば、慌てることもなく、何かが起きてもジタバタすることがなく対応が出来そうなプラスイメージのことばなのですが、実際にはその反対イメージ(マイナス感覚)な時に使われることばになっています。真実を知れば夢も希望もなくなるのでは困った世の中です。

IT坊主の無駄方便」/eお坊さんねっと 説話集より

参考「仏教から生まれた日常の言葉」(耕雲寺:http://www.kouunji.or.jp/lecture/word05.htmlより引用&編集

2018年9月13日 (木)

説話(長老)

どこの世界にでも「長老会議」といえば年配者たちが「若者たちにはまかせられねェ」などと言っている光景が想像できます。この「長老」という言葉もともとは「老人」のことには限りませんでした。語源は、修行をしっかり積んだ徳の高いお坊さんのことを指していました。また、「長老」には「寿命を有する」という意味もあるので「老人」と解釈されたのかもしれませんが、年をとったというよりも「生命力にあふれた」と言う意味で、活力にみちた立派な人を呼ぶときの尊称として使われていたのです。

以前、日本の政界のことを「長老政治」といったことがあります。比較的高齢の政治家が穏然たる実権を握って、政権を自分の思う方向に導こうとしたことからいわれたものですが、果たしてそのような人が「長老」といえるか。最近ではスポーツの世界においても長老政権のパワハラ問題がニュースになっています。因みに寺院においては、修行を積んだ若い修行僧のリーダーを「長老さん」と言っています。

IT坊主の無駄方便」/eお坊さんねっと 説話集より

参考「仏教から生まれた日常の言葉」(耕雲寺:http://www.kouunji.or.jp/lecture/word87.htmlより引用&編集

2018年9月12日 (水)

先輩からの贈り物「マンネリを打開するのは自分自身」

今までに、多くの先輩(先人)から、姿かたちでは表現できない沢山の贈り物をいただきました。一部ですが、おすそ分けです。

『仮に自分の日常生活が退屈だと思う感情、実は自分の気持ちのせいで招いているとしたら・・。考え方を少し切り替えるだけで退屈と思える感情に変化が出てきます。退屈を打破したいと思うなら、日常で全く同じ日が続くことはありえないと思うことから考え方を変化させることです。些細なことでいい。何か少し変化させてみると思うことから始めます。普段余り行わない場所の掃除をしたり、整理整頓をする。模様替えをする。いつもと違ったものを食べてみる。普段は使わない道を歩いてみる。入ったことのないお店を覗いてみる。・・。今までの日常に新しい試みを取り入れてみることを行います。新たな出会いが始まるかも分かりません。いまこの瞬間から先は全て自分自身の未来です。未来は自分で作るものです。

「いい言葉は人生を変える」 ㈱大創出版を参考&編集

「IT坊主の無駄方便」:マキコーポレーション「先輩からの贈り物集」より

2018年9月11日 (火)

先輩からの贈り物「挨拶はスイッチを切り替えるためのツール」

今までに、多くの先輩(先人)から、姿かたちでは表現できない沢山の贈り物をいただきました。一部ですが、おすそ分けです。

『“挨拶をしなさい”などといわれるとなんだかお説教じみた受け捉え方をする人が居るかもしれません。しかしこれはそういうことではなくて、例えば朝、会社に出社したとき何も言わないまま自席に座るのは上司や先輩に対して失礼だからということもあるでしょうがその前に、自分自身エンジンがかからないのではと思うのです。最近「ルーティーン」という表現を耳にします。何かの行動(行為)を行うにあたって、モードの切り替えを行うことのようです。それと同じというと大袈裟かもしれませんが、朝、会社に着いて“おはようございます。”と挨拶をするのは自分を「仕事モード」に切り替えるための儀式として捉えたらいかがでしょう。自分自身に向けたサインなのです。退社するときも同じように“お疲れ様でした。”と挨拶した瞬間からプライベートの自分に戻るのです。挨拶は、自分自身のスイッチを切り替えるためのツールです。』

「いい言葉は人生を変える」 ㈱大創出版を参考&編集

「IT坊主の無駄方便」:マキコーポレーション「先輩からの贈り物集」より

2018年9月10日 (月)

先輩からの贈り物「人に伝えることで本物の知識になる」

今までに、多くの先輩(先人)から、姿かたちでは表現できない沢山の贈り物をいただきました。一部ですが、おすそ分けです。

『人の記憶とは当てにならないもので時間の経過とともに内容を忘れていってしまいます。この理由は、情報を知識としてインプットするだけだと記憶力の勝負になるのですが大体の場合、記憶力には曖昧さが含まれているのです。これを防ぐにはインプットした情報は積極的にアウトプットすることです。具体的には他の人に話す(説明する)ことです。他者に説明するときには情報を「整理して再構築する」ことになります。そして自分の言葉にして発信します。こういった行為を繰り返すことにより得た知識が本物の知識になっていきます。人に説明する(自分の言葉で話す)のですから、なんとなく理解していた事柄も自分自身が納得できる内容にしないと話すことは出来ません。人に話すためには自分の中に曖昧さを放置しないという強制力が働きます。また、人に話しながら自分自身で新たな気づきを得ることがあったり、会話のキャッチボールの中から意外なアイデアが生まれることもありそうです。人に伝える(教える。話す。・・)事は情報を確実にし、得た知識をレベルアップできるのです。

「なまけもののあなたがうまくいく57の法則」大和書房(著:本田直之)を参考&編集

「IT坊主の無駄方便」:マキコーポレーション「先輩からの贈り物集」より

2018年9月 9日 (日)

先輩からの贈り物「変えられないものは比べない」

今までに、多くの先輩(先人)から、姿かたちでは表現できない沢山の贈り物をいただきました。一部ですが、おすそ分けです。

『人が生き抜くための要素に「競争」というのがあります。しかし競争には注意点があります。それは「変えられないものについては、比較も競争もしない」という原則です。例えば、「自分がどんな家庭に生まれたかということは自分の力では変えられません。“あいつの家は裕福でいいよな、それに比べてうちは・・”と思ってもどうにもならないし、それは競争心でなく嫉妬心だからです。」又、「他者と自分を比較するとき多くの人は“相手の長所と自分の短所”を比べてしまうことなどがあります。」これでは気が滅入ってくるのは当たり前です。競争は相手も自分も同じフィールドで同じルール、同じ地点からスタートすることによって成立するものです。競争は取り扱い方を間違えると、「前向き、やる気」を無くすことにもなります。

「なまけもののあなたがうまくいく57の法則」大和書房(著:本田直之)を参考&編集

「IT坊主の無駄方便」:マキコーポレーション「先輩からの贈り物集」より

2018年9月 8日 (土)

心に残ることば「信頼されること」

『偽らず、飾らず、人に接すれば、交際術のようなものを使わなくても、心は必ず相手に通じる。』渋沢栄一(幕末から大正初期にかけて活躍した幕臣官僚実業家第一国立銀行東京証券取引所などといった企業の設立・経営に関わり、「日本資本主義の父」ともいわれる。理化学研究所の創設者。)のことばです。

沢山の人と仲良くなれる魔法があるかどうかは別として、人に信頼(信用)されることは大切なことです。程度の軽い見栄と朗かな嘘は次元が異なります。特に発言が事実と矛盾する人を信用することは出来ないでしょう。他人に信頼(信用)される前に自分自身の心が痛むはずです。立場があり・公人である人の場合には周りからの沢山の眼があることを肝に銘じておくべきです。信頼(信用)されなくなると人は遠ざかっていきます。

「いい言葉は人生を変える」㈱大創出版を参考&編集

IT坊主のひとりごと「IT坊主の無駄方便」集より

2018年9月 7日 (金)

認知症:若年性認知症:就労中に利用できるサービスや制度(障害年金)

若年性認知症の人が利用できるサービスや制度があります。個々人の状態や環境により異なります。

・公的年金の受給資格がある人が障害者になって、仕事が続けられなくなった場合に受給できる。

・初診日から起算して、1年6ヶ月経過した日または1年6ヶ月以内に症状が固定した日から申請が可能。

『認知症サポーターのひとりごと』

参考:認知症サポーター育成「ステップアップ講座用テキスト(NPO法人地域ケア政策ネットワーク/全国キャラバン・メイト連絡協議会)」より引用・編集

2018年9月 6日 (木)

認知症:若年性認知症:就労中に利用できるサービスや制度(自立支援医療制度「精神通院医療」)

若年性認知症の人が利用できるサービスや制度があります。個々人の状態や環境により異なります。

・認知症で通院治療をしている場合、医療機関などで支払う自己負担が1割に軽減される。

・申請書、診断書、健康保険証等を市区町村の福祉課等に提出する。

『認知症サポーターのひとりごと』

参考:認知症サポーター育成「ステップアップ講座用テキスト(NPO法人地域ケア政策ネットワーク/全国キャラバン・メイト連絡協議会)」より引用・編集

2018年9月 5日 (水)

認知症:若年性認知症:就労中に利用できるサービスや制度(精神障害者保健福祉手帳)

若年性認知症の人が利用できるサービスや制度があります。個々人の状態や環境により異なります。

・認知症などの精神疾患があり日常生活に支障をきたす場合に、必要なサービスを受けるための手帳。

・市区町村の障害福祉担当課に、申請書、診断書(初診日から6ヶ月経過後に作成されたもの)を添えて申請する。

・税制の優遇措置、公共料金や施設利用料の割引などが受けられる。

『認知症サポーターのひとりごと』

参考:認知症サポーター育成「ステップアップ講座用テキスト(NPO法人地域ケア政策ネットワーク/全国キャラバン・メイト連絡協議会)」より引用・編集

2018年9月 4日 (火)

認知症:若年性認知症:就労中に利用できるサービスや制度(疾病手当金)

若年性認知症の人が利用できるサービスや制度があります。個々人の状態や環境により異なります。

・全国健康保険協会(協会けんぽ)または健康保険組合の加入者が、若年性認知症などの病気やけがで仕事を休み、給料が支払われない場合に受け取れる現金給付制度。

・協会けんぽの場合、医師の診断書があり、連続して4日以上仕事を休み、給料が支払われていない場合、4日目から1日につき標準報酬日額の2/3に相当する金額が、支給開始日から最長1年6ヶ月支給される。

『認知症サポーターのひとりごと』

参考:認知症サポーター育成「ステップアップ講座用テキスト(NPO法人地域ケア政策ネットワーク/全国キャラバン・メイト連絡協議会)」より引用・編集

2018年9月 3日 (月)

認知症:若年性認知症:就労中に利用できるサービスや制度(企業の障害者雇用)

若年性認知症の人が利用できるサービスや制度があります。個々人の状態や環境により異なります。

・一般企業では雇用する労働者の2.0%に相当する障碍者を雇用することを義務付けています。(特殊法人と国・地方公共団体では2.3%、都道府県などの教育委員会では2.2%以上)

・就労中で障害者手帳を取得している場合は勤務先に相談する。

・退職後、障害者雇用を希望する場合はハローワークに相談する。

『認知症サポーターのひとりごと』

参考:認知症サポーター育成「ステップアップ講座用テキスト(NPO法人地域ケア政策ネットワーク/全国キャラバン・メイト連絡協議会)」より引用・編集

2018年9月 2日 (日)

日本語あれこれ「いつも月夜に米の飯(めし)」

電気がなかった時代の人にとって月夜の明かりは貴重なものでした。また、一般の人にとって毎日白い米の飯を食べられることはご馳走であったのです。これが毎日続けば申し分ないと思っていました。

しかしながら世の中は、そんなに甘くはないということを肌で感じたところから生まれたことわざとされています。

今の時代では、想像も出来ないくらいの事柄でしょう。この言葉、「苦労のない気楽な生活」を指したり、「そうありたいという願望はあるが、現実はなかなかそうはいかない」というときに使われます。

IT坊主のひとりごと「IT坊主の無駄方便」集より

2018年9月 1日 (土)

日本語あれこれ「枝を伐(き)って根を枯らす」

木を枯らすには根に手を入れず細い枝を切り落としてから、徐々に根を枯らしたほうが良いという意味です。

物事の処理方法(手順)について言った諺で、「木を枯らすためには、最初から苦労して根を掘り起こすよりも、光合成ができなければ木はいずれ枯れるもの。従って、まず枝を切り払ってしまう方が楽であることから、何事も最初から大変なことに手をつけるよりも、まず手近で小さなことから処理した方が効率的である。」というたとえを言ったものです。知恵を使って事を運べということです。

IT坊主のひとりごと「IT坊主の無駄方便」集より

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