説話「若くありたい」

「お若く見えますねぇ」と言われて喜ぶのは女性だけではありません。若いという言葉は、今では褒め言葉のひとつになっています。昔は若く見えるということは、恥ずかしいことでした。若造(わかぞう)、若輩(じゃくはい)者といえば、一人前の大人として認められていない言葉でした。ところが今は、化粧品もエステティックサロンも、女性の為だけのものではなくなりました。それというのも、私達の心の底に常に、若く見せたい、若く見られたいという願望があるからではないでしょうか。
若いということは何も年齢に限ったことではありません。健康であり体力もあるということに加えて、考え方における柔軟さというのも若さの条件のひとつです。漢和辞典で""という字を引いてみると"桑の木のやわらかい新芽のさまをかたどった字。ひいてはやわらかい、わかいの意となった"とあります。身体の柔らかさ、発想の柔らかさというものは、若いうちに身につけておきたいものですが、人当たりの柔らかさ、ことば遣いや物腰の柔らかさといったものは、ある程度の経験を重ねて身につくものです。そう考えると若さと老いは共存しているのかもしれません。私達のもつ若さへの願望は、裏を返せば老いへの恐れかもしれません。

「こころと命の相談室」快栄寺(eお坊さんねっと)説話集より

参考:「天台宗」法話集より抜粋・編集

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