説話「空念仏」

“からねんぶつ”とも“そらねんぶつ”とも読みます。読み方によって各々意味合いが幾分異なるようです。

次のような説話(仏教昔むかし話)があります。「生前中いつも、“南無阿弥陀仏”、“ナムアミダブツ”と唱えていた人がござった。その人が亡くなって閻魔様の前に連れて来られたとき、葛籠(つづら)を背負っていたのじゃ。さてこの人地獄へ送るべきか、極楽へやるべきか、閻魔様の裁判が始った。その時、その人が言うには“私はいつも念仏を唱えていました。唱えた念仏は葛籠の中にいっぱい入っております。どうぞお調べ下さい。”閻魔様は、感心な人だと思い、家来に葛籠を開けさせ念仏を観ると、どれもこれも空念仏で、一心に唱えた念仏は只一つで、それは雷が落ちた時に思わず大声を上げて助けてくれーと一心に唱えたのが本心からの念仏だったじゃ。たった一度、心の底から唱えたこの念仏により極楽に行くことになったのです。

空念仏とは、①信仰心からでなく、口先だけで唱える念仏。②実行の伴わない口先だけの主張。③心のこもっていない発言。等々の意味合いがあります。

「こころと命の相談室」快栄寺(eお坊さんねっと)説話集より

参考:「天台宗」法話集より抜粋・編集

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