説話(差別)

人種差別、身分差別、女性差別、障害者差別など差別問題がクローズアップされることが多々あります。
ここでの「差別」は、すべていわれのない基準による上下のランク付けです。この言葉の語源となっている仏教語の「差別」には、ことさらのような意味合いは含まれていません。サンスクリット語(インドの古語)「ヴィシューシャ」の漢訳語で、ものごとには机だ、椅子だ、黒だ、白だ、善だ、悪だ、苦だ、楽だというように、さまざまな違いがある、というのが本来の意味です。しかしものごとがそうだというのは私たちがそういう見かたをしているのです。本來ものごとは、ただものごとであるにすぎないのに、私たちの方でとやかく区別をし、その区別に執着するところから差別が生まれてくるのです。一切の執着を捨てたところには、善もなければ悪もない、苦も楽もない。このように見られたものごとには、一切の差別がない。このことを「平等」といいます。「差別」は人が作り上げた「エゴ」なのです。

IT坊主の無駄方便」/eお坊さんねっと 説話集より

参考「仏教から生まれた日常の言葉」(耕雲寺:http://www.kouunji.or.jp/lecture/word54.htmlより引用&編集

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